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われも湖の子

われも湖の子
Entry#16

琵琶湖の漁で生まれる喜びを共有したい

駒井 健也さん(こまいたつや)

桜が満開のころ、琵琶湖西岸の和邇で駒井健也さんの伝統漁体験に参加した。千年以上の伝統を持つ琵琶湖の定置網漁の魞(エリ)漁や竹筒漁を湖上で見ることができる。午後の陽射しのなか和邇漁港を出発し、駒井さんはエリがある漁場へと船を走らせる。湖面の高さから眺めるのどかな和邇の町並みと、その後ろにそびえる比良山系が美しい。湖岸沿いには民家が這うように並び、桜が咲きこぼれ、ゲートボール場や地元の人々が大切にしてきた神社もある。あちこちに遊ぶ水鳥、東には昔からそのまんまのおっとりとした三上山も見える。なんて気持ちいいんだろう。湖西における琵琶湖と人々の暮らしの近さが肌でわかる。ここの景観には滋賀県の良さが凝縮されている。

やがて駒井さんの漁場、湖面に杭が突き出たエリに着いた。漁業調整規則というものがあり、参加者はあまり手伝うことはかなわず、やはり駒井さんの作業を見せてもらうことになる。エリ漁というのは想像以上に体力が要る忍耐力との勝負だった。杭を立て直しつつ網を引き揚げる駒井さんに、さまざまな話しを伺う。

既にネットや数々のメディアで紹介されている駒井さんは滋賀の栗東で生まれた。滋賀県立大学で環境建築デザインを専攻し、大学3年の時に国内外で建築行脚をする。
「タイやインド、ベネチアで人々の水辺での暮らしや自然と共存する営みに感動したんです。ただ、僕はそれを琵琶湖で実現したいと思ったんです」
以降、彼の興味は建築物よりもむしろ人々と水辺や自然とのかかわり方、ライフスタイルへとシフトし、漁師願望を高めていくことになる。卒業制作も琵琶湖の漁業をテーマに据え、20人もの現役漁師たちに聴き取りをしたという。漁獲量の減少、後継者不足の問題、行政による十分とは言えないサポートなど、彼らの口をついて出てくるのはマイナス要因ばかり。普通ならここで志を折るだろう。しかし、駒井さんは志賀漁業組合員だった親方に弟子入り志願し、3年間の研修期間を経て2020年に独立した。現在は「琵琶湖の中から淡水の暮らしを届ける」を理念とし、自らの漁師業に留まらず、漁業体験プログラムの実施、商材のEC販売やマルシェ出店、漁師志願者の研修受け入れ、他業種との繋がり構築にも奔走している。

「目下の一番の喜びは何ですか?」
苦労話しが多かったので、一番にそこを聞いてみたかった。
「もちろん大漁だと嬉しいです。でも、自分自身で魚を捕っていることが一番でないのは確かです。漁で生まれる喜びを人と共有できることですかね」
なるほど駒井さんの活動はすべてここにつながる。それでも漁師としての葛藤はあるようだ。
「実はこの1月から魚をろくに卸せていないんです。これは何をおいても問題。覚悟を持って借り入れもして漁師になったわけですから」とつぶやく。そこが安定しないとという焦りはあるだろう。今回もそこそこの量の魚が網にかかっていたのに、前日の悪天候によってその魚の大半がダメージを受けていた。自然相手の生業の厳しさを目の当たりにする。漁一本で生活してきたご先達から、先ず他の漁法を色々と試すよう言われるらしいが、駒井さんが描く琵琶湖の幸福相関図はもっと大きそうだ。何よりもエリの風景を守りたいという意思は固く、日々気持ちを切り替え複数の活動を同時進行させている。私のような参加者の意見にも耳を傾けてくれる柔軟性も感じる。不漁なら不漁でできることをせっせとやる。聞けば、最近始めたという対岸の商業施設での副業も、禁漁期の網のメンテナンスと同じような感覚なのかもしれない。常にしなやかで適度なたわみ方を知っている駒井さんには、大漁でも不漁でも大酒を飲む漢のイメージは似合わず、爽やかなラムネが似合う。

この日、エリの網にかかっていたのは小鮎といさざだった。ざるですくい上げると銀色の小鮎はピチピチと勝手に跳ねて下の容器に入り、こちらも思わずはしゃいでしまう。この感動を、琵琶湖の美しさと恵みを、滋賀の子供たちに是非湖面に近い漁船の上で体感してほしい。駒井さんには今後も益々奮闘してもらわねば!

駒井さんのホームページ:https://biwako-fisher-architect.com/

(2024年5月5日 記)

琵琶湖の漁で生まれる喜びを共有したい 駒井 健也さん

小鮎は勝手に跳ねてくれていさざが残り、仕分の必要なし(笑)

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